小説:ビリー・ミリガンと23の棺:ダニエラ・キイス

「やるか死ぬかです」

早川書房。
連続レイプ犯として起訴されたビリー・ミリガンは1978年、精神異常と判定され無罪となった。しかしその後、彼が送られたオハイオ州立ライマ病院は、体罰に電気ショック療法を用い、薬物で患者を廃人にする恐るべき場所だった。
外部との手紙のやりとりも禁じられ、命を脅かされつつビリーはいかに生き延びたか…『24人のビリー・ミリガン』では書けなかった、精神病棟内でのビリーの孤独な闘いを明らかにする驚異の続篇。

州立ライマ病院で治療をうけるはずのビリーは最悪の状況に追いこまれていた。以前に時折現われていた、24の人格を統合する「教師」も姿を消し、人格は分裂の度を深める一方だった。しかしビリーは、シーツをほぐした糸を用いて外部へ中の状況を知らせ、さらに院内の仲間を組織して反乱をおこすが、状況は思わぬ方向へ…

人間の想像力を超えた極限状況と、そこで生きぬこうとする青年の軌跡を描いたビリー・ミリガン2部作、堂々の完結篇。




当時「アルジャーノンに花束を」でSFの中堅作家だったダニエラ・キイスが一躍ベストセラー作家になった「24人のビリー・ミリガン」の続編。ノンフィクションの形をとり、「多重人格」「精神異常にて無罪」との判決に世界中を驚愕させた作品。

「多重人格」は実際にありえるのか?その終結は…という風にして読み進めていくには面白い作品です。しかし、自分自身の権利のみを激しく主張し、そのためには「脱走」「武器の作成」さえ顧みない。作品中に被害者に対する罪悪感の念がまったく出てこない。たとえ人格が破壊されていようとも、思考は正常に働いているし抜け目がない。

ビリー・ミリガン、その人は、「精神異常者」としてより「サイコパス」の感が強かったです。

罪を「自分ではない人格」にきせようとも、それは自分の一部分です。虐待を受けても心の中に深くしまいこみ、社会人として生きてる人もいるでしょう。罪をなにか他の人格に押し付け、快適な治療・新しい人生を望む。

「適切な治療を受けていれば、彼はすでに回復し、いまごろは働いて税金を払っているはずです」…たしかに「適切な治療」は必要でしょう。でも社会に戻る、その前に罪を償う場があってもよいはずです。
この作品は「州立ライマ病院」の不正を暴く書ではないのですから。

複数の女性に乱暴を働いたことにおけるペナルティ、「精神異常」と判決され、無罪になったことのペナルティ。それらは永遠について回り、快適な生活は果てしなく遠いのでは?と私は思いました。

「罪を犯したのは『多重人格』せいなんだ。それを治療すれば普通の生活を送れるはずなのになんでこんな目に遭うんだよ?」
というビリーの傲慢な主張がずっとついてまわっているようでビリー・ミリガン個人には深い嫌悪感を感じました。

このように淡々と事実の描写を連ね、悔恨の念のないビリーに接していて(作中ビリーの後悔の描写は皆無です)キイスはどう感じたのでしょうか?
サイコパスはとても魅力的…といいますから…

そのへんのところを「ビリー・ミリガンと私」とでも題してさらなる続編を書いてほしいなぁと思いました。

すっきりしな~~い。=ΦwΦ==○)゜O゜) ネコパーンチ!


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やまね の紹介

偏った読書遍歴とそのレビュー。 コミックから専門書までなにからなにまで読みます。 書くのも読むのもやめられない。活字中毒をなんとかしてくれ! 乱読&積読仲間募集中!
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